市場を生み出す重要性|つながり#2

板東浩二
株式会社NTTぷらら
Executive Principal

徳島大学出身。1977年に日本電信電話公社(現NTT)入社。九州支社ISDN推進室長、マルチメディアビジネス開発部担当部長などを歴任。1998年に株式会社NTTぷららに代表取締役社長として就任。映像配信サービス「ひかりTV」、インターネット接続サービス「ぷらら」などを手がけ、2019年6月にExecutive Principalとなる。2021年にJNSホールディングスの社外取締役に就任、現在に至る。

ITの広がり

今回はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。まずお聞きしたいのは、お二人のつながりです。どのようなヒストリーをお持ちなのでしょうか

板東:当社は、2008年から映像配信サービス「ひかりTV」を手がけ、数年前からスマホを視野に入れた事業展開を進めてきた一方で、ネオスさんはNTTドコモが展開する大型動画配信サービスの開発を手がけられていました。そして2019年の7月に当社がNTTドコモグループとなる1年ほど前から、ひかりTVと当該サービスのプラットフォームの基盤の共通化を推進し、新しく開発が必要な部分を含めてネオスさんと連帯し、技術面をサポートしていただくようになりました。

池田:板東さんは、NTTグループの中でも異質な存在で、珍しい経歴をお持ちです。始まりは仕事を通じてでしたが、何よりも板東さん自身から経営者として学ばせていただくことが多くあります。また、当社と同業種でありながらも、映像配信という領域をお持ちなので、コンテンツ業の違った側面をお話しいただけるのではないかと、今回お声をかけさせていただきました。

板東:NTTグループの中では、異端児と言われていましたからね。池田さんとは共通の人的ネットワークもあって、今では既存の仕事を超えて何か新しいことが出来るのではないかと話す関係です。

お二人が出会ったのは、ちょうど5Gの導入が決定したあたりかと思います。IoT化が爆発的に進むと言われている現代を、お二方はどのように捉えていますか。

板東:1980年から2010年余りまでの30年間はITそのものが発展し、マーケットが拡大した時代でした。80年代に表計算に使われていたパソコンは、90年代に入ってインターネットと一緒に商品化され、ビジネスユースから個人へと一気に広がり、シスコシステムズやマイクロソフトといったインターネット絡みの企業が急成長を遂げました。私の立場から申し上げても、スマホのキャリアやブロードバンドといったインターネットインフラを作り上げてきた時代で、これからはそのインフラを活用していく時代です。今後はITが様々な分野に融合していくと思いますし、当然ブロードバンドと親和性の高い映像にもビジネスチャンスがあると感じています。

池田:私は38年前、パーソナルコンピュータという言葉が生まれるとほぼ同時に、この業界に足を踏み入れました。パソコンやインターネットや携帯の歴史と歩み、ITそのものが大きくなっていく体験をしたわけですが、今はそのITが産業や生活、ものやサービスの中に当たり前に繋がりつつある時代に突入しています。その一環としてIoTがあり、5Gも速さだけでなくネットの広がりを満たす役目があると思います。

マーケットを見極める

では、新しい時代に突入する局面で、経営者として人や事業についてはどのように考えていますか。

板東:歴史を遡ってみると面白いでしょう。太古の昔は、狩猟中心のファミリー単位での暮らしでしたが、農業技術が入ってくると集団での協力が必要となり、村が出来ます。それが何百年と続いた後、イギリスで産業革命が始まり都市が生まれます。そこには、労働階級と資本階級があって、今までやってきているわけです。私はインターネットを含めたIT革命が、これらの歴史に匹敵するくらいインパクトがあると思っています。社会構造や理念そのものが変化し、そこには大きなビジネスチャンスが潜んでいるはずです。

そしてもうひとつ、間違いなく言えるのは個人の力が大きくなっているということですね。YouTubeひとつとっても、個人でチャンネルを所有し、大きな影響力を持って生活をしている人が大勢いて、その時代に生きているということを我々は見越していかなければなりません。経営者には、コストカット型とマーケットクリエイター型がいて、私は後者を目指してやってきたため、常に時代の流れを読み、何が必要なのかリーダーとして考える必要がありました。今のひかりTVも、常に新しいことに挑戦し生まれた結果です。限られた資本や人的リソースを投入して新しいマーケットを作ることが経営者の役割であり、そうでなければ日本全体も活性化していかないと思っています。

池田:私は大学生の時、電機すなわち「エレクトリック」の先にコンシューマ向けの何か夢のようなものがある気がして、この業界に入りました。板東さんとは会社の規模が異なりますが、クリエイトしなければならないというマインドには非常に共感します。この業界にいる以上、それが経営者としてのひとつのやり方なのかもしれません。

板東:そうですね、しかし日本は非常に保守的なところがあるため、大きな企業になるほど制約も生まれます。そうした意味では、ベンチャー企業のような動きに柔軟な会社の存在が、さらに重要になってくると思います。

池田:同級生の多くが金融業界を目指していた時代に、「エレクトリック」に魅力を感じた私は、本質的に新しいものを好んだのだと思います。その当時から、業界は常に変化を遂げていますが、ずっと新しいことをやらないと生き残れないという感覚がありました。周りからはやりすぎだと言われたこともありますし、その分失敗もありましたが、成功もしているから今があると思っています。

お二方とも、マーケットを生み出すという点で共通していますが、それぞれの意思決定についてはどのような印象を受けていますか。

板東:私は、池田さんの苦労が非常によくわかるところがあります。というのも、私は 44歳の時、当社に3代目社長として半ば無理やり送り込まれました。銀行からの借入金を含めたキャッシュの底が見え始め、あと3ヶ月しかもたないという状況でしたので、なんとか銀行に頭を下げてお金を貸してもらおうとしましたが上手くいかず、就任から2ヶ月で清算を命じられました。財務状況から考えると当然の判断でしたが、当時の私はそれさえ理解していませんでしたね。

仕方がないのでNTTの役員を連れてもう一度銀行へ頼みに行き、なんとか資金を集め、半年間の猶予をもらいました。その短期間で新しいサービスを作る余裕はなかったので、最初はコストカットを徹底して行い、リストラも実施しました。それから徐々に新しいサービスを作っていき、2018年度は900億円を超える事業規模になりました。ベンチャー的な立ち上げ方だとよく言われますが、実際にベンチャー創業者の池田さんとは理解し合える部分がとても多いです。意思決定もスムーズな印象ですね。

池田:当時、NTTぷららさんの前身であるジーアールホームネットが色んなところから出資を受けている、業界の中で特異な存在だということは知っていましたが、社長に就任された年齢が、私がネオスを創業した年齢と同じだったのには驚きです。
板東さんは、当然のように色んなことに興味を持ってアンテナを張られていますし、視野も広く、人とのつながりも非常に豊かだと感じます。

板東:当時はNTTグループの電話料収入が物凄い勢いで減っていた時だったので、それに変わるマーケットを作らないといけないということは明白でした。自分が「面白い」、「これは将来的に伸びる」と感じたらそこにリソースを投資して、とにかくなんでもやるという気持ちで挑んでいました。しかし、NTTグループのような組織でも事業の全てを担うことは困難で、アライアンスが重要な時代でした。この時に、トップ同士の関係性が重要であることを学んだのです。例えば池田さんと会う時は、ご本人が何に興味があるのかと考えますし、人的ネットワークを築くには雑学がとても役に立ちます。

もうひとつ、経営者として重要なことを申し上げるなら、可能性のあるマーケットにビジネス領域を置くということですね。時代には流れがあって、拡大するマーケットと縮小するマーケットがあるわけですから、そこは経営者として的確にリソースを投入しなければならないと思います。

コンテンツとしての日本

一方で、板東さんはExecutive Principal(エグゼクティブプリンシパル)という肩書きをお持ちです。ご自身の役割ついては、どのようにお考えですか。

板東:NTTグループでは、各事業会社に会長を置かないことを原則としています。そのため、代表取締役社長を退くことを決めた時に、そこから先の肩書を考えました。しかし、社長としては後身に引き継いだ以上、そちらに関与を深めるようなことはしたくない。そこで、この肩書きを考えました。プリンシパルは、「主要な人」という意味でバレエ団のトップを指す言葉ですが、金融の世界ではパートナー的な意味を含んで使用されます。さらにわかりやすい表現を使えば、「校長」ですね。実はこの肩書きは自分で設定したものですが、もともと部下達に良い肩書きはないかと聞いた時に出てきた案でした。

ありがたいことに、これまでの歩みの中で私の人脈や知見は人並み以上に豊かであると自負しています。経営者は孤独の中で決断を強いられることが多いため、困った時には相談してくれと伝えていますが、今ではベンチャーを含めた複数の会社の非常勤、社外取締役もやらせていただいています。その中でも、新しい興味や人的つながりが生まれていますね。

池田:どんな業界も時代の流れに合わせて、そこにいる人との関係性が変容していきます。私も板東さんを通して、色んな方を紹介いただいていますし、経営者の先輩として悩ましい相談にものっていただいています。

また、現在はプラットフォームを通じてサービスを支える役割ですが、我々はコンテンツも自社で作ります。そのため、コンテンツプロバイダーとしても、NTTぷららさんが一緒に歩んできたお客様と組み合わせて、いずれ何か新しいことが出来るのではないかと考えています。

最後の質問になりますが、日本をひとつのコンテンツと考えた時、対世界にはどのような印象をお持ちですか。

板東:危機的な状況にあると考えています。20年近く、日本はGDPの成長率が伸び悩んでいる一方で、中国はアメリカの覇権を脅かすような成長を遂げていますし、国内の企業でも、売り上げが伸びていないところと拡大した企業があります。この違いに関しては、よく勉強する必要があるし、2010年以降、日本から世界に広まるサービスが出ていないことにも目を向けなければなりません。社員たちも、自分の上司がどういう行動をして出世していくのかを見ていますからね、それと同じことだと思います。そして社会システムも会社も含め、変わっていかなければならないでしょう。

しかしバブル崩壊以降、日本は臆病になり、内部留保を厚くして十分なお金を投資に回してきませんでした。これでは、経済が活性化するはずもなく、面白味もなくなっていきます。海外に行くと、そうした差がコンテンツの質にあらわれていると感じますね。そうした意味では、アニメが唯一、日本から海外に持っていけるコンテンツかもしれません。

池田:この20年間は、インターネットが世界を変えてきたわけですが、日本はその後塵を拝している感じがどうしてもあります。インターネットという革命的なものを発明したアメリカと、それを上手く活用してきた中国とは対照的に日本はインターネットのイニシアチブを握れていません。

ただ、デバイスと通信を組み合わせて何かが生まれるようなIoTの世界では、日本がオリジナルなことが出来る可能性があるのではないかと思います。また、ASEANは非常に近しい海外ですし、関係も比較的良好なので、日本企業にとってもチャンスは大いにあるかと。私も日本が世界に誇れるのは”食”と並んでアニメやキャラクターだと思っているので、この分野での海外展開は虎視眈眈と狙っていきたいですね。

この度はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました

おわりに
「ひかりTV」の10周年を記念して行われたイベントにて、板東氏は今後の戦略において「コンテンツメーカーとして新規事業に注力していく」という方針を掲げました。

創業当初からの基幹事業として、多種多様なプラットフォームへコンテンツやシステムを開発・提供してきた当社、そしてISP(インターネットサービスプロバイダ)やひかりTVなどプラットフォーマーとしてIT業界の発展に貢献して来たNTTぷらら。立ち位置は違えど、両社には“良質なコンテンツを追い求める”という共通項がありました。 事業面でもつながりを持ち、同じゴールを目指す2社から今後どのようなシナジーが生まれ、コンテンツを通じて世界へ羽ばたいていくのか、夢が広がる対談となりました。